<練馬駅集合12:00> |
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何時ものように少しだけ遅れてくる人を待って、今回の唐澤博物館見学とまち歩きがスタートしました。 今日は梅雨の中の晴れで 26,7度まで暑くなると言うことで、水、帽子や日傘をしっかりと準備してきている。
10分弱の歩きで最初の目的である唐澤博物館に到着。4階ほどの尖塔を持つ古風な建物だ。
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<唐澤博物館見学スタート> |
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ここは電話での事前予約制。入場料700円。小石川初代校長の伊藤長七に関心を持っていたといわれる唐澤富太郎には、小石川生としては関心を持っての見学です。
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入り口に体育の器具で利用された木製の亜鈴がいくつも置かれている。米国の体育の導入のために持ち込まれたものだと言う。持たせてもらった人は軽いと言う。 |
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野球を紹介する図が載っている日本語の本がある。そばには元になった英語の本も置かれている。日本語の本では、4,5人が野球のプレイをしている図があり、バットを持つ人が何人も、ボールも同時に複数使われている。もちろん英語のほうの本にはバットは一人だけ、ボールも一個しかない。まだ理解が不十分だったとのこと。
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筆箱もプラスティック製のものが飾られ、こんなのを使っていたと懐かしむ。
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通信簿も飾られ、甲乙丙が記入されている。すべてが甲に近い子どもの通信簿もあり、すごいとの感想。
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算数の除算表が飾られているが、どう読めば良いか分からず、しばらく眺める。
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生徒にやる気と自信・自慢を与えるためのメダルも飾られている。 |
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ガラス製のベーゴマにはびっくり。じっくりと懐かしく楽しめる博物館でした。
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国語の教科書も歴史順に並べられている。「イエスシ」読本、「タコ、コマ、ハト、マメ」読本、「ハト、マメ、マス、ミノ、カサ、カラカサ」読本、「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」読本などが飾られている。 |
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敗戦後に墨で黒く塗られた教科書。 |
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地元の人にもあまり知られていないようで、仲間もまた来ようと言っていた。
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<参考> 唐澤富太郎(からさわ とみたろう) |
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1911年-2004年 東京教育大学名誉教授。文学博士。日本教育史研究者。日本および世界の教科書研究に尽くす。学び、遊び、暮らしから見た生活教育史、「実物による教育史」を目指し、自宅に教育博物館を設立。
唐澤博物館は、教育学・教育史研究家の唐澤富太郎が長い歳月をかけて収集した数万点におよぶ研究資料の中から、特に選りすぐった 7000点余りを展示する個人博物館です。
ガス灯を頂に据えたアーチ(写真下左)の横で、二宮金次郎の像(同中央)が皆さんをお迎えします。全国どこでも学校の校庭に立っていた、あの懐かしい像です。
門扉を開けると、そこは明治時代の小学校にタイムスリップしたような雰囲気。昔懐かしい木造校舎の温もりを感じていただけるでしょう。木製の階段の手すりは実際に明治20年創立の小学校で使われていたもの。シャンデリア(写真上右)もまた大学の講堂で燦然と輝いていたものです。
http://members3.jcom.home.ne.jp/kmuseum/index.html |
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<練馬駅第2回目の集合14:00> |
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まち歩きだけ参加する人もあり、練馬駅で再度集合。世話人は大きな地図でこれからのルート、簡単な歴史や見学ポイントを紹介。特に千川通りは、昔は清戸道とも言われていたようで別名下肥街道(おわい街道)と言われていたそうだ。日本は、上水道をしっかりとして、下水道は特に整備していなかったそうだ。おわいは、肥料として積極的に利用されていたからで、すでにエコを意識していたと言う説明をしてくれる。なお、おわいは長屋の大家の権利だったそうです。
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<解説> 「清戸道(きよとみち)」 |
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またの名を「おわい街道」が、練馬から江戸に通じる道だった。農家は朝の3時頃には、練馬大根を大八車に乗せて町へ出発。市場で大根を出荷したあと、町内をまわって下肥を運んだ。大八車に肥桶(こえおけ)を積んだり、2つの桶を、よっこらしょって肩にかついだりもした。当時は、大八車に
6個の肥桶を積んで運べたら一人前って言われてたらしい。 「しもごえ鉄道」っていうのは、いまの東武東上線と西武池袋線。化学肥料が一般的になる 1944年まで、下肥を運んでいた鉄道のこと。
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<まち歩きスタート14:10> |
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まち歩きが開始される。平成つつじ公園、練馬文化センターを通り抜け、練馬けやき公園の前を行き、最初の目的地である練馬白山神社とその大けやき見学。
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<白山神社と大けやき14:20頃> |
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2本の大きなけやきがその存在感を示している。推定樹齢900年とか、太さが10m、7mとか、高さがともに 25mとかの説明がある。源義家が後三年の役戦勝祈願で奉納されたとある。 |
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6月始めでまだ紫陽花は目立つほどでもない。いちょう公園や練馬総合運動場には、大きないちょうが列を成している。緑が美しい良い季節だ。運動場の中を横切り、広徳寺に向かう。
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<広徳寺14:50-15:20> |
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広徳寺(臨済宗大徳寺派円満山広徳寺)。世話人が住職にお願いして見学できるようにしてくれた。確かに山門に「拝観謝絶」の置札があり、入りにくい。
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我々だけでの見学でゆっくりと、本堂前の庭や鐘楼を見学する。梅も小さな実をたわわにしている。
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大名家墓地に向かう。ここには柳生、前田、小堀、会津松平などの有名大名、武家の立派な墓地がある。
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柳生家 |
小堀家 |
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本堂裏の庭にはあやめと言うか、かきつばたというか、花しょうぶと言うか、陽に当たり静かに咲いている。片面は三日月、片面は満月(太陽?)を彫られた石も飾られている。茶筅塚もある。竹林には遅いたけのこが伸びていた。
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<参考> 広徳寺 |
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北條氏政の子武蔵岩槻城主太田氏房が、義父太田三楽の菩提寺として小田原に建立したが、小田原落城の後、家康が神田に再興させた。
寛永十二年下谷に移り、加賀前田家をはじめ、諸大名を檀家とする江戸屈指の大寺として格式を誇った。
下谷の広徳寺は関東大震災で類焼し、その後の区画整理のため大正十四年から練馬に墓地を移した。 |
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<高稲荷神社、高稲荷公園15:30-15:45> |
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石神井川そばの高稲荷神社を過ぎ、高稲荷公園で一休み。この辺は縄文時代の土器などが出土している。沼地だった。昭和のはじめに埋め立てられ、公園となる。
なんと近所に住む仲間とばったりと会う。懇親会への参加を約束させてしまう。 この公園界隈は、春は桜でにぎわっていることでしょう。
20分ほど休憩。次は氷川神社に向かう。
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<氷川神社16:00> |
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有楽町線氷川台駅そばに氷川神社はある。思っていたよりは小さな神社だ。
稲荷社、北野社、出雲社の赤い鳥居が並んでいる。角柱型水盤をチラッと見た。狛犬、力石もあったそうだが見損なってしまった。
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<桜台付近16:20頃> |
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総合園芸センターふれあいの里で野菜などの買い物をする。桜台付近はドラえもんの「のび太」の遊んだ土管が三本積んである空き地の舞台の参考になったところという。
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<清戸道・千川通り16:50> |
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桜台駅に向かって暑い中、歩いていく。千川通りにぶつかり、少し右手に進むと今回の世話人の一人の歯科のビルが見えてきた。けやきにちなんだ名前をつけている。 練馬区のシンボルの木は、こぶしだそうだが、けやきもあちこちにあるという印象でした。 清戸道・千川通りを少し行くと、道標がある。
「清戸道(きよとみち)」は「おわい街道」とも呼ばれていて、練馬から江戸に通じる道だった。 千川通りは、うっそうとした木々に囲まれたすばらしい雰囲気を出していた。
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<武蔵野稲荷神社16:59> |
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武蔵大学前の武蔵野稲荷神社を先に見学。
5時には門を閉めるようだ。少し派手な色彩を持つ小さな神社でした。 ここで全員の記念写真を撮る。
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武蔵大学の中に千川水道の分水のなごりが見える場所があるというので、大学の門を入っていく。しかし、守衛に団体は事前の登録が必要だといって、中に入ることを拒否されてしまった。残念でした。
しかしまだまだ5時ちょっとすぎたところ。世話役は打ち上げの場所に早めの開始と人数を伝えに行く。6時半を6時開始に早めてもらえた。
江古田市場の無添加量り売り「みそ」川島屋でお味噌を購入する人が多い。
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<浅間神社の江古田富士塚17:25> |
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塚の一部が富士山の熔岩で覆われた富士塚。高さ約8m、直径約30mと都内最大級。しかし3.11地震の影響により危険とのことで、中に入り登るこ とができない。これも残念。
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<日本大学芸術学部17:35> |
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最後は時間調整か、日本大学芸術学部に行き、全員の記念写真を守衛にお願いして撮ってもらう。まだ30分近くも6時までにはある。しばらく階段に座って会話をして時間を過ごす。
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<打ち上げ18:00> |
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18名で打ち上げを開始。
Out of Waterという水泳部の活動記録本の紹介もあり、中国四川の旅の客引きもあった。
なんと今回もよく飲みました。ワインは赤も白ももうないと言われた。
次回のまち歩き計画も披露される。
最後は釜飯を食べてお開き。 21時 10分頃に解散。それではまた次回に元気に会いましょう。
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