小諸を去る辞 |
卒業生の加藤 剛さん (08回卒) の朗読で、長七の文章を聞くことができます。 |
この録音は、創立85周年記念の時に企画 ・制作されました。 |
初冬 の 浅間山 |
加藤氏 録音風景 |
ああ我、またついに小諸を去らざるべからざるか。 懐かしき哉、小諸の土地よ 御身の四周をめぐれる山と水と 御身の身辺をかざれる森と花と 御身の上を流るる清涼の空気と 御身が生みたるあどけなき少年少女と 御身の中にそばだち見ゆる小諸小学校の建物と また特に我が受け持ち百三十人の少年を教えたる薄暗き土蔵と 楽しかりしは晩春の修学旅行なりき。 行を共にせしもの三百人。 小諸の停車場を出発せし時の勇ましさ。 あるは春日山頭、瞳を日本海の白帆にはせて、越州の山河をさしつつ、いにしえ、英雄の壮図を談じ、あるは北海の豪涛に脚を洗わせつつ真砂の上に鰯の網を引き、直江津の客舎に我が愛しの子らと一夜の夢を結びたること、いずれか忘れ難き思い出にあらざらん。 我が高等一、二年の男女生徒と共に催したる運動会よ。 げに、いじらしきは彼ら小国民の意気なり。 無心の少年少女が彼らの先生と共にいかに甲斐甲斐しく走り、いかに健気に相撲せしかよ。 小諸学校に赴任以来、一日として安かるべき日は無かりしが、特に去年冬、我が校内に正義の光踏みにじられし時、あまりの馬鹿馬鹿しさに、学校を去るべき一種の決心を固めつつ、吾教室に臨みしが、百余の児童只無心にして吾を頼らんとすべき顔容をみて、吾は吾決心の如何に残忍なりしを悟り、双眼の涙にくもるを覚えざりき。 顧みる、信濃教育界における我が三カ年の歴史を思えば、恍として只夢のごとし。 さらば浅間の山 さらば千曲の川 さらば小諸の知己 さらば我が学校の諸君 さらば我が教えの庭の子等 さらばよ故国信濃の山河 健在なれ いざ別れん哉 |